第十四章 法廷という場所
裁判に向けて、弁護士からの質問が矢継ぎ早に始まった。
「この入金は誰の指示ですか」
「その場にあなたはいましたか」
「署名はあなたですね」
一つ答えるたびに、
次の問いが重なる。
感情は不要。
記憶だけを求められる。
曖昧は許されない。
法的手続きに入ってから、
水嶋氏からの嫌がらせは止んだ。
だが代わりに、
紙の束が届く。
主張書面。
証拠説明書。
建物改修費。
二千万円の出資。
浮世絵の売買計画。
宗教幹部・牧原氏の浮世絵。
「買い手がいる」と偽る話。
オークションは三村の息子の法人口座。
だが被告は、私一人。
理由は単純だ。
私の通帳に金が入ったから。
金の経路は、
私には見えていない。
それでも責任は、
私に集まる。
片桐氏の訴訟はさらに重い。
請求額は一億を超える。
弁護士は二人。
私は一人。
口座を差し押さえられ、
別口座の開示を求められる。
事件と無関係な通帳まで
一行ずつ読み上げられる。
「この日の出金は何ですか」
生活費だ。
だがそれを説明しなければならない。
横浜へ向かう電車の窓に
自分の顔が映る。
青白い。
法廷は公開。
傍聴席の視線が刺さる。
誰も知らないはずなのに、
全員が私を知っている気がする。
証人尋問の日。
東京地方裁判所。
控室の空気が乾いている。
三人の弁護士。
時間になる。
法廷へ入る。
水嶋氏と目が合う。
軽く会釈をする。
宣誓。
声が震えないように
息を整える。
相手方弁護士が立つ。
「あなたは当時、iPhoneを使用していましたね」
突然の質問。
「はい」
「その機種のホームボタンは、どの位置にありますか」
一瞬、意味がわからない。
だが答える。
指で示す。
何のための質問かは、
最後までわからなかった。
ただ、揺さぶられていることだけはわかった。
記憶を疑わせる。
自信を崩す。
それが目的だったのだろう。
結審。
判決の日。
仕事中だった。
昼休み、携帯が震える。
弁護士から。
出られない。
一度切れる。
かけ直す。
「……勝ちました」
その一言で、
音が消える。
全面勝訴。
足元がふらつく。
涙は出なかった。
ただ、力が抜けた。
だが翌日、
控訴の連絡が入る。
終わらない。
二審は短い。
再び判決。
「勝ちました」
今度は控訴はなかった。
水嶋氏との裁判が終わる。
片桐氏の裁判も終わる。
書類が届く。
事件番号が閉じる。
私は深く息を吐いた。
終わった。
そう思った。
だが、
静かすぎた。
勝ったのに、
何も戻らない。
失った金も、
失った時間も、
失った信用も。
法廷は閉じた。
だが私の中では、
まだ何かが終わっていなかった。
終わったと思った瞬間から、
別の何かが始まっていた。
