dorifamuの日記

〜番外編ばかりの毎日・感謝の気持ちを忘れないように〜 

私は名義だった・・法廷へ

第十章 法廷へ

 

 

最初に届いたのは、

 

高宮の代理人弁護士からの通知書だった。

 


「金銭を返済せよ。

応じない場合は訴訟を提起する」

 

 

紀子は、紙をじっと見つめた。

 


“訴訟”。

 


その二文字だけが、やけに鮮明だった。

 


まだ戦いは始まっていない。

だが、何かが動き出した気配があった。

 

 

弁護士に連絡を取る。

 


「名義はあなたですね?」

 


「はい」

 


「でも契約はしていない?」

 


「していません」

 


弁護士は静かに言った。

 


「ならば、名義と実態が一致していない可能性があります。

争う余地はあります」

 


争う。

 


その言葉が、紀子の中で小さく鳴った。

 


数日後、横浜地方裁判所から訴状が届く。

 


一億円近い請求。

 


数字は現実を超えていた。

 


だが、本当の衝撃はそこではなかった。

 

通帳は三冊になっていた。

 


弁護士の前に並べると、

ページをめくる音だけが静かに響く。

 


「ほとんど現金引き出しですね」

 


ATM。

現金。

流れが切れる。

 


「意図的に見えます」

 


その瞬間、紀子の中で何かがカチリと鳴った。

 


通帳を閉じたあとも、

数字は頭の中で動き続けた。

 


母親名義の家。

子ども名義の家。

弟の妻名義の家。

現金引き出し。

高額な車。

 


名前は残らない。

 


残さない。

 


そこまで徹底していた。

 


ならば――

 


なぜ、自分の名義だけが使われたのか。

 


最初は小さな疑問だった。

 


だが、時間が経つほど大きくなった。

 


長谷川は賢い。

 


自分の名義では動かない。

証拠を残さない。

第三者を挟む。

現金化する。

家は他人名義。

 


それほど慎重な人間が、

 


なぜ紀子の名義を使ったのか。

 


偶然か。

信頼か。

それとも――計算か。

 

「名義を貸してほしい」

 


そう言われた日のことを、紀子は思い出す。

 


「すぐ戻すから」

「形だけだから」

「一緒にやっていくためだよ」

 


愛情の延長のような言葉だった。

 


あのとき、疑わなかった。

 


疑う理由がなかった。

 


だが今は違う。

 


あの言葉は、

必要だったのかもしれない。

 


紀子という存在が。

 

家族ではない。

血縁でもない。

 


だが、近い。

信じている。

問い詰めない。

 


その位置。

 


最も都合がよかったのは、誰だったのか。

 


その答えに触れた瞬間、

これまでの時間が崩れてしまいそうだった。

 


「それは違う」

 


長谷川は言った。

 


女性のことも。

金のことも。

家のことも。

 


だが、説明はなかった。

 


説明のない否定は、やがて沈黙になる。

 


沈黙は距離になる。

 


距離は、確信に変わる。

 


紀子は初めて、自分の立ち位置を疑った。

 


愛されていたのか。

 


利用されていたのか。

 


その境界線は、思っていたよりも曖昧だった。

 


だが、ひとつだけ確かなことがある。

 


名義は、紀子だった。

 


そこに偶然はあるのか。

 


それとも――

 


選ばれていたのか。

 

紀子は深く息を吸った。

 


答えはまだ出ていない。

 


だが、問いは生まれた。

 


そして一度生まれた問いは、

もう消えない。

 

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