dorifamuの日記

〜番外編ばかりの毎日・感謝の気持ちを忘れないように〜 

私は名義だった・・名義

第四章 名義

 


車の話が出たのは、

長谷川が事業の準備で各地を移動することが増えてきた頃だった。

 


打ち合わせや現地確認のため、

東京、長野、横浜といった遠方へ行くことが多くなり、

「移動手段をどうするか」という話題が自然に出るようになった。

 


ある日の会話の中で、紀子は軽い気持ちで言った。

 


「必要なら、車を買えばいいんじゃない?」

 


それ以上の意味はなかった。

仕事で使うのであれば、事業用の車を用意するのは当然のことだと思っただけだった。

 


そのとき長谷川は、特に大きな反応を示さなかった。

「そうですね」と短く答え、会話は別の話題へ移っていった。

紀子も、それ以上気にすることはなかった。

 


しばらくしてから、長谷川は

「気に入った車があった」

と話した。

 


横浜で見つけた車を購入し、そのまま高速道路を使って名古屋まで乗ってきたという。

車種はフォルクスワーゲンのワゴンタイプで、落ち着いたグレーの車体だった。

 


長谷川は、その車をまるで以前から所有していたかのように自然に使い始めた。

打ち合わせや移動の際にもその車を使い、紀子を乗せることもあった。

 


紀子は、その車の名義について特に気にしていなかった。

当然、長谷川本人、あるいは事業の名義で契約しているものだと思っていたからだ。

契約の手続きに自分が関わる理由もないと考えていた。

 


違和感を覚えたのは、かなり後になってからだった。

 


事業に関する書類や契約関係の資料を確認する必要が生じ、

いくつかの書類を調べていく中で、

その車が自分名義で契約されていることを知った。

 


最初は、見間違いかと思った。

書類の名前を何度も確認した。

しかし、記載されていたのは間違いなく自分の氏名だった。

 


契約は横浜の販売会社の事務所で行われており、

書類に記されていた署名は長谷川の筆跡だった。

紀子自身は、その契約の場に立ち会っていない。

 


さらに調べていくと、

その車両は状態の良いものではなく、購入後に多額の修理費がかかっていることも分かった。

ディーラーに問い合わせたところ、

「かなり状態の悪い車だった」

という説明を受けた。

 


紀子は、その車に何も知らないまま家族を乗せていた。

その事実を理解したとき、言葉が出なかった。

 


怒りというより、

「いつ、どの時点で、どうやってそうなっていたのか」

それが分からないことの方が大きかった。

 


車の契約は一つの出来事に見えた。

しかし後になって振り返ると、

それは、名前が少しずつ使われ始めていた流れの、

最初にはっきりと形になった出来事だった。

 


その頃の紀子は、まだ、

この出来事が単独の問題ではなく、

後に続くいくつもの出来事とつながっていることに気づいていなかった。

 


それでも、この時点で、

紀子の名前はすでに、

紀子自身の知らない場所で、静かに動き始めていた。

 

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